今回からスタートする新連載「清浄心院を支える人たち」。寺院を守りつなぐ僧侶をはじめ、ここで日々を共にするスタッフやゆかりある方々の思いと姿をお届けするシリーズです。取材は僧侶兼編集者でもある稲本琢仙氏。第1回目は清浄心院の住職であり、百万枚護摩行を達成した池口恵観住職です。
こんにちは。僧侶兼編集者の、稲本琢仙(いなもと・たくせん)です。曹洞宗の僧侶でありつつ、ライター・編集者として取材記事を書いたり、インタビューや撮影をしたりしています。本コラムでは、僧侶と編集者、二つの視点を持つ私が「清浄心院を支える人たち」というテーマで、高野山で暮らす人たちや清浄心院で働く人たちへインタビュー。その模様を連載コラムでお届けします。
高野山、清浄心院を訪れたことがある方も、そうでない方も。この連載をきっかけに、高野山という日本仏教の聖地、そして清浄心院に興味を持ってもらえたらうれしいです。第一回は、清浄心院の住職である池口恵観住職を訪ねました。
【第1回】池口恵観住職

稲本 本日はよろしくお願いします。
恵観住職 よろしくお願いします。
稲本 恵観住職は護摩行の道を歩んでこられて、いまもこの清浄心院で護摩を焚かれています。そのこと自体が、とても価値のあることだと感じています。まずお伺いしたいのですが、清浄心院はどういうお寺なのでしょうか。
恵観住職 清浄心院は、とても格があるお寺なんです。お大師さまがつくられたお寺ですから。秘仏になっていますが、お大師さまが奥の院に入定される前日に自分の体を模してつくられた廿日大師(はつかだいし)が御本尊なんです。そしてこの清浄心院は、奥之院から一番近い場所にあるお寺です。お大師さまの近くで過ごすことができる、特別な場所だということですね。
稲本 なるほど。それほど特別な場所で、恵観住職は多くの方にお加持をされている。利他の心がそこにはあると感じているのですが、住職はどのような心持ちで日々お加持をされているのでしょう。
恵観住職 やっぱり、生活のなかに宗教を持つことで、みんなが幸せになってほしい。私が会う人たちみんなが幸せになっていただきたいという気持ちを持っているし、宗教者は常に持つべきだと思うんです。人の幸せを祈って、初めて自分が幸せになる。それを実感することがまず大事じゃないかなと、私は思っていますね。
稲本 他人が幸せになることで、自分が幸せになる。
恵観住職 そうですね。人が幸せになって良かったって、心から思う。つまり目の前の人が、この人と会ったおかげで幸せになれたなって思っていただければね、自分自身も幸せになって、喜びを一緒に感じられるんだと思うんです。自分がまず幸せになるんじゃなく、目の前の人たちに幸せになっていただければ、自分も幸せになれる。そういうことができればいいなといつも思っています。

稲本 この高野山は真言宗の聖地です。私は宗派としては曹洞宗の僧侶なので、坐禅を中心とした修行をしてきました。ただ、自分たちの宗派は葬式仏教だと言われることもあって。亡くなった方のために勤めることも大切ですが、いま生きている人に向けて、生きた仏法とは何なのか。それを突きつけられるような感覚が、お坊さんをやっていてずっとあるんです。長く人と向き合ってこられた住職から見て、これからの仏教、これからのお寺には、どういうあり方が必要だとお考えでしょうか。
恵観住職 お寺っていうのは、人との関わりがすべてですから。お坊さんはみんなを大事にできる人じゃないといけないわけですね。つまりは、人と話し合いができる人。
稲本 どうしたら、そんなお坊さんになることができるのでしょう。
恵観住職 それはね、自然となっていきますよ。人の話を聞いていたら、だんだんできてくる。ここには、いろんな悩みを持った人たちが集まってきますから。自然と器が大きくなっていきます。つまり、みんなに教えられるんですよね。自分が教えるんじゃなくて、人が教えてくれます。悩みに耳を傾けるというのは、自分を成長させてくれる。仏さんにお祈りをしたり、話を聞かせてもらったりしていると、自分の至らなさや良さ、いろんなことがわかっていく。それで人間としての器が大きくなるんです。
稲本 住職ご自身も、そうやって歩んでこられたのでしょうか。鹿児島のお生まれで、小さい頃からお坊さんとして過ごしてこられたと伺っています。
恵観住職 生まれたときから、そういう生活のなかにいましたからね。両親がいつも一生懸命拝んでいました。みんなの幸せを願う、そういう父母のなかで育ってきたんです。人が幸せになるのを見て自分も喜びを感じられる、自然とそういうふうになってきたんでしょうね。

稲本 ずっとそうしてこられて、住職ご自身は今、幸せだと感じられていますか。
恵観住職 一番幸せに感じていますよ。自分がここにいることで、会う人が喜んでくださる。そのときに自分も一緒に喜べる。これがやっぱり幸せだなと思いますよね。自分が持っているものがあれば、みんなと分けたい。一緒に喜んで食べたい。そういうことをずっとやってきていますから。それができるのが、幸せな人生だなと思っています。
稲本 その考え方が、自分にはまだありませんでした。お聞きしていて、すごく心に染みています。最後に伺いたいのですが。この清浄心院を訪れること、もしくは支える、働くということには、どんな意味があるとお考えでしょうか。宿泊者もいれば、お坊さんとして勤める人、宿坊で働く人、料理をつくる人など、たくさんの人がいます。
恵観住職 お大師さまが、ここでどう過ごされたのか。何を考えておられたのか。そういうことを勉強していただきながら過ごしてもらえたらいいなと思いますね。勤めながら、学んでいただければいい。もちろんお大師さまのことは、ここでなくても勉強はできるでしょう。だけど、ここはお大師さまがつくられたお寺ですから。お大師さまのことを知りたい、感じたい。そう思う人が来てくださったらいいなと思います。
人の幸せを祈って、初めて自分が幸せになる。取材を終えて山を下りながら、その言葉が何度も浮かんできました。頭で組み立てた理屈ではなく、生まれたときからその経験のなかで生きてきたからこそ、重みがある。お大師さまのことを知りたい。そう思う人に来てほしいと、住職は言いました。
では、実際にこのお寺で日々を過ごしたり、関わりを持ったりしている人たちは、何を感じているのか。次回からは、清浄心院を支える人たちを訪ねていきます。
(取材・執筆 稲本琢仙)

池口恵観 住職
昭和11年11月15日、鹿児島県生まれ。高野山大学文学部密教学科卒業後、昭和48年烏帽子山最福寺法主に就任。昭和63年高野山真言宗傳燈大阿闍梨、平成18年高野山真言宗大僧正。また、北海道大学、山口大学、岡山大学、京都府立医科大学、兵庫医科大学、高野山大学などで客員教授など、広島大学、金沢大学などで非常勤講師を務め、医学博士でもある。平成元年に仏教史上初の百万枚護摩行を成満。平成26年高野山別格本山・清浄心院住職、令和3年高野山真言宗の宿老に就任。

稲本琢仙
平成4年12月17日、三重県生まれ。北海道大学文学部卒業後、同大学院文学研究科へ。宗教社会学を専攻し、修士号を習得。平成28年、曹洞宗大本山總持寺に安居。平成30年に東京・清澄白河にある株式会社シゴトヒトに入社。生きるように働く人のための求人サイト「日本仕事百貨」の編集者として、7年間で300社以上の企業や団体を取材。うち3年ほどは編集長を務める。令和7年から三重にある朝明山龍光院で補佐をしながら、フリーランスで日本仕事百貨や、その他企業、個人からの仕事を受け、インタビュー、編集、撮影などをおこなっている。
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