新年のご挨拶 —池口恵観住職—

池口恵観住職より新年のご挨拶
【新春恒例護摩行後の挨拶/最福寺(鹿児島市平川町)にて】

写真は清浄心院での池口恵観住職

 皆さま、明けましておめでとうございます。本日は新春恒例の「新春のお祓いと集い」にご参集賜りまして、誠にありがとうございます。本年も元旦から心身を一新させて護摩行を勤め、衆生救済・国家安泰・世界平和を祈念しておりますが、本日はお集まりいただきました皆さま方の御前で、池口惠観渾身のお祓いを行い、皆さま方のますますのご多幸・ご健勝を、身口意すなわち身体と言葉と心をフル回転させて、お祈りさせていただきました。

 新年を迎えて思い起こすのは、昨年の年明け元旦に起きた能登半島地震のことであります。元旦の夕刻に能登半島を襲った、津波を伴う震度七の地震は、農業、漁業、観光業、陶磁器業等々、能登半島の基幹産業に壊滅的な被害を与えました。
 能登半島は地勢的に地震が起きやすい地域であり、実際、近年においても、震度3から4クラスの地震は、何度も起きていました。しかし、今回の地震は「能登半島地震」と命名されたように、従来の能登半島の地震とは桁外れの地震であり、能登半島の地震対応策に、根幹から見直しを迫るものだったのです。
 能登半島地震から1年が経ちましたが、復興は新たな豪雨による洪水や山崩れなどで、順調に進んでいるとは言い難い状況です。この間に、故郷を離れる家もでてきています。「第二次大戦後、日本の自然災害は伊勢湾台風を最後に、大きな被害を出さなかった」と言われてきましたが、それが阪神淡路大震災で崩れて以後、大きな自然災害が頻発するようになったという見方もあります。
 その代表例が東日本大震災です。最近は線状降水帯による豪雨が原因の水害など、異常気象による豪雨が原因の自然災害が目につきます。いずれに致しましても、今年も異常気象による水害や、地震、台風等々の自然災害には要注意です。
 昨年、宮崎県、愛媛県などで震度4前後の中規模の地震が起きた際、気象庁が南海トラフの活動による地震に警戒するよう、国民に注意を喚起したことがありましたが、大規模地震、火山の大規模噴火といった天災は、突然やってくるものです。私は数年前から、大規模地震、大規模噴火の被害を少しでも抑えるために、信者さんたちにことある事に、その時の心の準備をしておくこと、その事態が起こらぬよう祈ることなどを、口を酸っぱくして説いています。

 さて、令和7年は十干十二支で言えば、「乙巳(きのと・み)の年に当たります。「乙(きのと)」とは、「甲乙(こうおつ)」の「おつ」という字で、もともとは「よろい・かぶと」の「かぶと」を意味する文字だと言われています。陰陽五行説的な頭脳を働かせれば、現在の紛争が前面に出ている国際情勢も、意外に和平に向けた新たな動きが出てくる可能性もあります。
 いずれにせよ、乙巳の今年は国内外ともに厳しい年になりそうだとの見方が多い中で、東洋的な年まわりから見れば、多くの人にとって成長と結実の時期となる可能性もあるのではないかと思います。新たな成長に向けて、アジア諸国から新たな平和と成長への一步が踏み出されることを期待したいと思います。
 そういう視線でアジア・太平洋地域を見れば、「乙(きのと)」は未だ発展途上の状態を表し、「巳」(み)は植物が最大限まで成長した状態を意味します。アジア・太平洋地域の中には、これまでの努力や準備が実を結び始めてい国がいくつもあります。そういう国々をリードしつつ、日本の新たな成長を実現していく。そのリーダーシップを取るためには、やはり政治の立て直しが不可欠です。
 参考までに紹介しておけば、前回の「乙巳」の年は、昭和40年(1965年)です。この年は前年11月に就任した佐藤栄作総理が、長期政権に向けて本格的に活動を始めた年で、日韓基本条約が締結される一方、アメリカのベトナムにおける北爆が始まり、佐藤首相が首相として戦後初めて沖縄を訪問するなど、日米関係が一段と推進された年でした。
 もう一回り前の「乙巳」の年は明治38年(1905年)で、日本は日露戦争に勝利し、米国の仲介でポーツマス条約を結び、前後して日英同盟を締結するなど、国際社会に参入するきっかけとなった年でした。極東の小さな島国が欧米先進各国から注目され、警戒される新興国として脚光を浴びるに至ったのが、「乙巳の年」だったのです。
 その当時に、日本に注目し警戒心を抱いた欧米先進国の知識人に向け、日本人には欧米諸国の騎士道に似た、「武士道」という道徳が根づいており、心配に当たらないと説いたのが、後に国際連盟事務次長となり、「我、太平洋の架け橋とならん」と日米協調を説き続けた、新渡戸稲造です。
 私は、昨今のロシアとウクライナ、イスラエルとハマスの戦闘を目の当たりにして、現代の日本には「第二の新渡戸稲造はいないのか」と、歯がゆい思いをしているところです。
 ロシア・ウクライナの戦争に加えて、一昨年秋には、パレスチナ自治区のガザ地区で、イスラム過激派組織ハマスとイスラエルの,激しい戦闘が始まり、イスラエル軍がガザ地区に侵攻し、ハマス壊滅の強攻戦略を展開しています。一時休戦の動きもありましたが、対立は中東全域に広がる気配もあります。アメリカのトランプ大統領の動きが,ウクライナ、中東の両地域で注目されます。特に中東情勢はさらに深刻化するのではないかと、国際社会が憂慮する情勢になっています。

 目を国内に移してみますと、国際社会が紛争に明け暮れ、その影響が日本列島にも及んでいる面もあるのでしょうが、政治・経済・社会いずれの面から見ても、とても満足できる状況ではないように感じます。
 そして、今年の日本の最重要課題は、何と言っても政治の立て直しではないかと思います。被爆地・広島を舞台に「G7サミット」が開催され、広島出身の総理として、岸田総理がG7のリーダーたちの先頭に立って、世界平和への結束を説かれたとき、日本国民の多くは岸田内閣の順風満帆の航海を信じて疑わなかったと思います。
 ところがその後の岸田内閣は、要職にある中堅議員から不祥事発覚が相次いだ上に、その後さらに、「政治家を囲む会」等々で、集めた政治資金を、裏金としてプールし、報告書に記載しないまま、派閥の所属議員に配っていた事実が発覚し、岸田内閣は総辞職、アッと驚く石破首相の誕生となったのでした。自民党総裁選挙の結果、自民党内は蜂の巣をつついたような大騒動となったのです。
 結局、岸田内閣は総辞職し、総裁選の結果、下馬評に挙がっていなかった石破茂首相科へ誕生し、政権は、日本の議会政治史上、総理在任期間の最長記録を更新して退陣した安倍長期政権を、菅義偉政権を経由して受け継いだ形の政権であり、内閣においても自民党においても、枢要なポストには安倍派のベテラン議員が就任していました。「囲む会」で集めた資金を不法に裏金化していた問題の発覚は、安倍派の主要大臣を直撃し、彼らは辞表提出に追い込まれました。
 その後、政治資金の裏金化問題は自民党の他の派閥でも行われていたことが次第に明らかとなり、自民党政治に対する不信感が一気に国民全体に広がったのでした。12月半ばに行われたテレビ局の世論調査では、岸田内閣の支持率は10パーセント台まで急落し、岸田内閣は支持率の最低記録を更新する崖っ淵まで追い詰められました。
 さらに小国民の自民党離れに拍車を掛けたのは、就任早々の石破総理が、1カ月も経たないうちに、解散・総選挙に打って出たことです。多くの初立候補者が乱立する総選挙の結果、自公連立政権側惨敗、自公政権は政権は辛うじて維持したものの、過半数割れしており、苦悩の政権維持を余儀なくされています。このまま行くと、今年の夏に行われる参議院選挙も間、先行き不透明と言う他ありません。
 10パーセント台まで落ち込んだ内閣支持率を元に戻すのは、至難の業のように思われます。ただ、自民党から離れた世論はどこに向かったのかと言えば、野党に向かったのではなく、「支持する政党は無し」に向かったようです。この政治不信を取り戻さなければ、「日本再生」はいよいよ遠のくばかりです。これを「国家的危機」と言わずして、何を「国家的危機」と言うのでしょうか。
 私は政治家は言うまでもありませんが、国民の皆さまにも「真の日本再生とは何ぞや」について、真摯に考えていただきたいと思うのです。

 本日は私の「新春の初護摩」にご参集賜りまして、誠にありがとうございました。本年も引き続き、大震災、豪雨、大型台風、火山噴火等々、大規模衆生救済、自然災害に備える祈りを捧げつつ、大規模自然災害からの救済を実践して参ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

合掌