広島・新井貴浩監督インタビュー

 令和6年1月18日、今年も広島東洋カープ・新井貴浩監督が清浄心院に来山され、恒例の護摩行をされました。今年は池口恵觀住職の元、20年間で20回目となる記念すべき護摩行となり、当日の鳳凰奏殿は熱気に包まれました。
 今回はその護摩行後に新井監督にお時間をいただき、木下浩良 清浄心院高野山文化歴史研究所 所長が特別インタビューを実施。恵觀住職との出会いや、住職の影響力など、護摩行を通して学んだことをお聞きしました。

新井監督と木下所長

いろいろな行があると思いますが、これ以上に苛酷な行はない

木下浩良所長 新井監督が惠観先生とお出会いなされた経緯をお聞かせください。

新井貴浩監督 私が若い時、レギュラーになれなくて、自分を変えたくて、惠観先生のところへ参りました。阪神時代、金本監督からの勧めもあり、初めて鹿児島・最福寺の護摩行に参加したのが2004年のこと。ですのでもう20年になります。

木下所長 惠観先生とお会いになられていかがでしたか。

新井監督 惠観先生との出会いがなかったら、今の自分はなかったと思います。そのことはハッキリと言えます。惠観先生と出会ってから、だんだんと成績が良くなっていきました。護摩行を通して精神的に鍛えてもらいましたし、力もいただきました。いろいろな行があると思いますが、これ以上に苛酷な行はないものと思います。護摩行をやり切った後の達成感といいますか。少々のことでも「まだ頑張るぞ」とか、「まだできる」「もっとできる」と考えられるようになりました。

木下所長 惠観先生は新井監督が自分にとっては一番弟子だとニコニコして仰っていました。

新井監督 そう仰っていただくと光栄ですし、嬉しいです。

木下所長 どの世界でもそうでしょうが、実績を出すことは難しいですね。

新井監督 そうですね。テクニカルなところは必要ですが、一番大切なところはハートだと思います。心ですね。その心を鍛えてもらうために、私は惠観先生のところに来させていただきました。

木下所長 長い間、惠観先生と接せられた印象は?

新井監督 すごいとしか言いようがないです。もう、圧倒的なオーラと言いますか、言葉では言い表せないものがあります。惠観先生に導かれているという安心感がありますし、いつも先生には優しく寄り添っていただいています。しかし、日頃は優しい先生が、いざ護摩行になると厳しい面をお見せになるのです。

木下所長 惠観先生は優しい顔と、厳しい顔の2つの顔をお持ちなのですか?

新井監督 その通りなのです。ふだんはとても優しい先生が、いざ、護摩行になるとものすごく厳しい先生になられるのです。まるで2人の先生がいらっしゃるようです。優しい先生が、護摩行に入られると厳しい鬼のような形相になられる。でも、そのギャップも惠観先生の魅力の一つだと思います。優しさと厳しさですね。

木下所長 祈りの世界に入られた惠観先生の厳しさなのでしょうか。

新井監督 そうですね。たくさんの人たちの願いを背負って、惠観先生は護摩行に入られています。しかし、そのことを一切感じさせません。度量の大きさといいますか、深さといいますか、惠観先生は本当にすごいです。

木下所長 惠観先生の存在は、新井監督の力になっていらっしゃるのでしょうか。

新井監督 もちろんです。とても勉強になります。ふだんはリラックスなさっているお姿と、いざ護摩行に入られる惠観先生のお姿ですね。このことは野球にも共通すると思っています。野球も試合が始まると護摩行のような勝負事なので、そういうところは惠観先生から勉強させていただきました。ふだんリラックスしていても、試合が始まると厳しく勝負をするということです。

木下所長 選手へのご指導も今おっしゃったような方針でしょうか。

新井監督 選手にも同じようなことを伝えています。楽しむ時は楽しんで、試合になるとポンと切り替える。メリハリを心掛けています。すごく大事だと思います。厳しさと優しさは表裏一体、陰と陽ではありませんが、そのバランスというのがすごく大切だと自分は感じています。いざという時に力を発揮するためには、緊張のしっぱなしでは、瞬発力が出ません。

木下所長 やはり「遊び」も大切?

新井監督 そういうことだと思います。今おっしゃった「遊び」が大切です。車のハンドルでも「遊び」があるから上手に運転をできます。要はバランスですね。

新井貴浩新監督

どんな状況下であっても、前向きに光がさす方向へ行く


木下所長 惠観先生から御教示されたお言葉の中で、一番心に残るものがありましたらご紹介いただけますでしょうか。

新井監督 「背暗向明(はいあんこうみょう)」です。暗いところには背を向けて、ひたすら明るいところに向かって進むということです。常にどんな状況下であっても、前向きに光がさす方向へ行きなさいということですね。まさに座右の銘です。

木下所長 新井監督は惠観先生からお受けになられた教えを、どのように野球の世界で具現化されていますか?

新井監督 惠観先生は88歳になられてもなお、現役バリバリでなさっています。そのお姿に心から尊敬しつつ見習いたいと思いますし、過酷な行をされているお姿には心をうたれます。私は監督として2年目でまだ未熟者ですが、これからも惠観先生を見習って頑張ろうと思っています。

木下所長 野球は人生なのですね。

新井監督 日本の中ではメジャーな競技ですが、基本的に野球の世界は狭いです。プロに入る選手は幼い頃からその地方のナンバーワンで、周囲からちやほやされています。そのため、なかなか一般的な考え方が出来にくいのです。全体的にその傾向があります。また、人気なスポーツだけに、選手ともなるといろいろな誘惑もあります。だから、ドラフトなどで指名を受けて、入団してからが勝負ですね。

木下所長 野球の競技の中でもその選手の人間性が出るものなのでしょうか。

新井監督 プレーをする姿で、その選手の人間性は出てしまいます。野球はチームスポーツなので、自分の気持ちを犠牲にすることが多々あります。そこで、チームのために自分をおさえてプレーできるかどうかですね。

木下所長 チームプレーが出来ない選手もいらっしゃるということでしょうか。

新井監督 プロなので出来ないということはありませんが、やっている姿が納得できないでいるという面が出ますね。そういうところは、長くこの世界にいると分かります。ただし、今のチームには一人もそんな選手はいませんので安心しています。みんなチームの事を考えてくれていて、いい選手ばかりです。頑張って協力していこうとみんな思ってくれています。

木下所長 新井監督が試合での采配で心掛けていらっしゃることは?

新井監督 いざ、試合になると、後は自分を信じて直感で采配をふるうようにしています。試合が始まると次々に場面が流れていきます。その流れを見定めることになります。期を逃したらいけません。勇気が必要になります。

木下所長 新井監督は広島の御出身ですね。

新井監督 はいそうです。監督として故郷に戻ってきて、今は広島球団のためにかけています。

木下所長 なかなか、ゆっくりなさる時間もないのではありませんか。

新井監督 はい、バタバタで選手の時より忙しくしています。監督にはシーズンオフというのがありませんから。

木下所長 新井監督、今日はお忙しいところありがとうございました。健康に気を付けて頑張ってください。日本一の球団になってください。心より応援しております。

新井監督 ありがとうございます。頑張ります。

※広島東洋カープは2022年にリーグ5位に低迷していましたが、2023年に新井監督が就任すると、1年間でAクラス・リーグ2位にチームを引き上げ、すでに素晴らしい業績を残されています。今年こそ優勝を期待しております。

新井貴浩
広島東洋カープ監督。元プロ野球選手。広島工業高校から駒沢大学を経て、1998年広島東洋カープにドラフト6位で入団。2005年ベストナイン、本塁打王をはじめ、2008年北京五輪日本代表、2013年オールスターMVP、2016年最優秀選手賞MVP、2000本安打・300本塁打で広島東洋カープのリーグ優勝に貢献する。広島県広島市出身。広島県民栄誉賞、広島市民賞。2022年10月より広島東洋カープ第20代監督に就任。

木下浩良
清浄心院 高野山文化歴史研究所 所長。高野山大学総合学術機構元課長、高野山大学密教文化研究所受託研究員。神戸学院大学非常勤講師。日本山岳修験学会評議員、九度山町文化財保護審議会委員・日本遺産女人高野調査委員。福岡県柳川市生まれ。1983年、高野山大学文学部人文学科国史学専攻卒業後、高野山大学職員に。柳田國男の孫弟子である高野山大学名誉教授の日野西眞定師に師事。