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ミシュランガイドにて長年、星を獲得し続ける『味吉兆』が手がける精進料理を高野山で味わう2日間限定のポップアップレストラン。6月に行われた第一回の精進料理会が大盛況につき、二回目が令和4年11月13日と14日に開催されました。
一回目と同様に、料理会に先駆けて高野山周辺の旬の食材や調味料を探すため、9月25日に生産者への視察会を開催。『味吉兆』からは中谷隆亮・主人、ならびにスタッフたちが参加しました。清浄心院の食材調達部チーフ池田和夫氏のアテンドにより、橋本市、九度山町および、かつらぎ町の生産者を訪ねました。
高野山のふもとの丘陵地帯は日本一の柿の産地。すがすがしい秋晴れの空の下、柿農家をはじめ、旬を迎えた栗や名残の桃を加工栽培する農家などから生産についてのお話を伺いました。
続く9月26日には前日に調達した旬の食材をもとに、中谷氏から清浄心院のスタッフに向けて料理の勉強会が開かれました。シャインマスカットのおろし和え、大根の皮にナッツをまとわせたきんぴら、牛蒡のかば焼きに柿なますなど合計9品についてレクチャーを受けました。中谷氏による斬新な発想で、馴染みの深い食材がひと味もふた味も違う料理に昇華していく様は、食材に再び命を吹き込んでいくようにも見えました。
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そして秋も深まる11月13日、14日の2日間、清浄心院 客殿にて料理会が開催されました。先付、小鉢、椀物、焚合せ、焼物替、鍋物、ご飯、香の物、果物。紅葉に色づく秋の山々の恵を味わいつくす料理の数々です。子どもの手の平ほどもある大きな栗をチップにしてあしらった隠元豆と焼き椎茸の胡麻クリーム和え、たっぷりとした里芋を揚げて、あんかけで温かくいただく里芋煎り出汁、もっちりとした歯応えがごちそうの蓮根餅と大黒しめじなど、懐石料理の技法を駆使した美しい精進料理の数々が並びました。
2日間で計5回の料理会は大盛況。各回、中谷隆亮・主人から参加者一人ひとりに挨拶がありました。参加者から「動物性の食材を使っていないのに、ボリュームもあって、とても満足」との声が上がると「もし食べきれなければ、栗ごはんをおむすびにしましょうか」と中谷氏の心配りの言葉があり、つくり手と参加者の心が通うひとときとなりました。
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今回の料理会で提供された精進料理を、『味吉兆』中谷隆亮・主人が解説してくださいました。
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先付 隠元豆と焼椎茸の胡麻クリーム和え
ペースト状にした胡麻と水気を切った豆腐で、モロッコ隠元と椎茸を和えました。焼くひと手間を加えたのは、椎茸の風味を引き立てるためです。前田農園神鍋という大粒の栗をチップにしてアクセントに添えました。
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小鉢 柿なます
甘みが強く果汁が豊富な森口農園の刀根柿を細かく切り、大根とにんじんと和えて、なますにしました。お酢は和歌山県・紀の川市にある九重雑賀の九重酢を使っています。3ヶ月以上熟成させたお酢のまろやかな酸味と柿の甘みを重ねました。
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椀物 蓮根餅と大黒しめじ
蓮根は、すり下ろしてよく搾り加熱すると蓮根自体に含まれるデンプンで固まり、もちっとした食感が出ます。蓮根の先端には水分が多く含まれるので、真ん中の部分を選ぶことがポイントです。大黒しめじの旨味たっぷりの出汁と一緒にどうぞ。
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焚合せ 聖護院 高野豆腐 青菜
聖護院大根は、聖護院かぶらと見た目は似ていますが、かぶらよりも甘みがあります。池田農家の聖護院大根はアクが少なく、ゆがくとすぐに柔らかくなり舌触りも滑らかです。同じく池田農家の小松菜と、精進料理でお馴染みの高野豆腐を炊き合わせました。
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焼物替 里芋煎り出汁
味つけして炊いた里芋を素揚げしました。表面を油でコーティングすることで香ばしい風味が加わり、コクが増します。生麩は油で揚げて甘いタレで絡めています。銀杏とむかごを散らして秋の味覚を凝縮させました。里芋とむかごは池田農園のものです。
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鍋物 豆腐、湯葉白味噌仕立て
寒くなってきましたので何か温かいものを召し上がっていただきたいと思い、鍋を用意しました。昆布だしに甘みのある白味噌と酒で味付けしています。主役となる豆腐は高野山の堀畑豆腐のものです。
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ご飯 栗ご飯 /香の物 胡瓜 白菜
栗といえば、秋の味覚の代表選手。栗本来の甘みを堪能できるように、シンプルな栗ご飯にしました。出汁と塩だけで栗の甘みを引き出しています。前田農園の栗を使用しました。また、香の物は仕込みに数日要するため、あらかじめ漬け込んでおいた池田農家の胡瓜と白菜をお出ししました。
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果物 富有柿
森口農園の富有柿です。高野山麓は柿の名産地ですから、たっぷりと召し上がっていただけるよう大きく切り分けました。
精進である・なしに関わらず、素材と謙虚に向き合い、素材を敬うように料理することを心がけています。独りよがりになってあれこれ頭で考えるよりも、素材一つひとつをよく見ていれば、向こうから語りかけてくるのです。例えば、大粒の栗はその大きさを活かすように栗チップに。また聖護院大根や里芋は皮が柔らかく、その素直さを味わっていただくような炊き合わせにするなど、それぞれの食材の持ち味が引き立つように献立を考えました。また寒くなってくる季節ですから、あんかけや味噌を使った鍋など、身体が温まるように温かい料理をお出しすることに心を配りました。普段お店で出す料理はかつお節を贅沢に使いますが、今回は精進料理ですので濃い昆布出汁をベースに、椎茸やきのこから出る出汁を合わせたり、アルコールを飛ばした料理酒を使っています。化学調味料は一切使用しておりません。
近年は、お店でも海外からのお客様が多く、宗教や信条から動物性の食材をお召し上がりにならないヴィーガンの方もお見えになります。精進料理を経験していると、お客様のさまざまなニーズにも応用できますので、このように勉強させていただく機会をいただくとありがたいです。今回も楽しく生産者さんの元を回らせていただき、感謝しています。
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中谷隆亮(なかたにりゅうすけ)
『味吉兆』代表取締役。高級料亭『吉兆』の創業者・湯木貞一氏から暖簾分けを許可された『味吉兆』初代・中谷文雄が実父。大学卒業後は『東京吉兆』で3年間修業した後、先代の元で研鑽を積みながら二代目に就任。先代が『吉兆』から受け継いだ“世界へ誇る日本の食文化”を守り、国内外へ普及させていくため尽力している。現在、大阪市内にて『味吉兆 ぶんぶ庵』『味吉兆 堀江店』を経営。二店舗とも長年ミシュランガイドで星を獲得し続けている。
視察会と勉強会での食材提供に協力してくださった生産者の方々をご紹介いたします。
農産物
池田農家の季節野菜
(和歌山県橋本市)
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先代から種を継ぐ里芋、聖護院大根や山芋などの根菜をはじめ、夏場にはみょうが、トマト、なす、きゅうりなど多品種を低農薬で育てるエコファーマー。清浄心院には新鮮な朝どれ野菜を納めている。
森口農園の柿
(和歌山県橋本市)
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80アールの農地で刀根柿と富有柿の2品種を育てる柿ひと筋44年の柿農家。夏場には実に養分を行き渡らせるため、皮をはぐなどのひと手間を惜しまない。丹精こめて育てた柿は甘さたっぷり。
前田農園の栗
(和歌山県橋本市)
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ひと粒50g超の大粒の神鍋や、「栗の王様」とも呼ばれる利平、美しい褐色で味の良い美玖里(みくり)など計8品種を育てる栗農家。冬場の剪定に夏場の病害虫駆除、また適度な施肥を通じて、ほっくりした良い実ができる。
くにぎ広場・農産物直売交流施設組合
(和歌山県橋本市)
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江戸時代から国城山麓で生産されていた「はたごんぼ」。高野山に奉納される野菜で、生産が一度は途絶えていたところ、2008年に地元有志により復活した。最大直径が約8センチもある牛蒡は、勉強会で牛蒡のかば焼きに使用した。
農業組合法人 ちょういしファーマーズ
(和歌山県伊都郡九度山町)
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果物の生産から、青果として販売できない果物をジュースやジャムに加工製造・販売する農業組合法人。九度山町を拠点に、栽培する果物は柿・桃・八朔・みかん・ブルーベリーなど。野菜も生産しており、勉強会と料理会では隠元豆と黄桃を提供。
初桜酒造の本みりん
(和歌山県伊都郡かつらぎ町)
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地元の良質な米と和泉葛城山系の伏流水でつくる「川上酒」は、紀州藩に献上され、江戸や大阪までもその名を轟かせた名酒。現在、川上酒を醸す酒蔵として唯一残る初桜酒造の「紀州本みりん」は、まろやかな旨味と深いコクがある。
文/ヘメンディンガー・綾
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